五感でみつける 目で感じる

一輪の祝福

2021年の夏も過ぎ去りました。
引き続き不自由さが伴う状況下、置かれた場所で各々がどうすればよりよい気分で過ごせるだろう?と模索する毎日はもうしばらく続きそうですね。

ところで私は、かつてインフラや社会体制が決して十分とはいえない国々を訪れる仕事に長年携わっていたことがありました。
今のコロナ禍での制限と同等とは決していえませんが、「あたりまえ」と思っていたことーたとえば電気はいつも十分にある、食べたいものは24時間すぐ手に入る、公的手続きは基本スムーズに受理されるーさらには、自由に好きなことを発信したり逆に情報を得たり、これがやりたい。と決意すれば自分の好きな方向性に人生舵を切れるーなどなど。

そうした利便性や自由度は、日本に暮らす限り(運や財力などは度外視して)たいていは得られるものばかりに思えます。
ですがーお国や文化が違えばそうしたことは決して「あたりまえ」などではない。ということを様々な国で体感してきました。

目の前に立ちふさがる現実に嘆いて足踏みするよりも、目の前のこの状況をどうやって受け入れたらいい?どう対処したらいい?と切り替える術(すべ)を自力で強化してゆかないと前に進めない状況に良くも悪くも鍛えられ、鋼の心臓のごとくたくましくなってしまいました。

考え方を切り替える。意識を逆に向けてみる。そうすると世界が変わる。

それが当時の我が処世術。
でもよく考えてみると、これって、異国にいるときだけでなく、今に生きるわたしの日々にも大事なことかも。そう想いをめぐらしていた矢先、初秋のバラを見かけ、同時にひとつの記憶が呼び覚まされました。脳裏に映像まで浮かび上がるくらい鮮やかに。

***

何年か前のちょうど今頃の季節。わたしはアジアの蒸し暑い国、バングラデシュの首都ダッカにいました。日中動きまわったのでようやくのディナーは待ちに待った至極のひととき。
何はともあれヒンヤリした飲み物さえ口にできれば、と意気揚々と仲間たちとレストランに向かいました。がー入店後ほどなくして視界が暗闇へ誘われ・・・。そう、完全なる停電!
この国では“あるある”な状況ではあるものの、何も今でなくても、と一同がっくり肩を落とし苦い顔。飲み物は瞬く間にぬるま湯状態。汗は一向に引かないし空腹は増すばかり・・・。入店前はあれだけ盛り上がっていた気分もすっかり急下降。

―とその時。

まだ学生さんかと見まがうほど若い給仕係の青年が、ほの暗い中からすっと現れ、キャンドルと一輪のバラを私たちのテーブルにそっと運んでくれたのです。

「停電がいつ解消するかわかりませんが、少しでも快適にお過ごしできますように。」
申し訳なさそうな、はにかむような小さな声で。

当時のわたしの年齢の半分くらいかとおぼしきその青年の粋な計らいに、一同どれほど心を打たれたかわかりません。もちろん暑さも空腹もどこへやらーです。

一見マイナスの状況もまるで天から降って湧いたような祝福の時間へと瞬時に様変わりさせることができる。まるで魔術師のようにーでもさりげなく。

やっかいで面倒な毎日を受け入れて、でもできるだけ手を抜かず、楽しみやよろこびに置き換えることができるかどうか。そうした能力こそ、どんな状況下でもサバイブできる本当に豊かなありようかもしれません。

世界的にまだまだ先の見えぬ状況下。
日々の些事にもまれているとついつい不満や不安がふつふつと湧いてくることもあるし、目先の出来事に右往左往して、肩を落とすことだってあるものです。

けれども、いかに瞬間瞬間と能動的にかかわるか、どうしたら自分にとって、周りにとって最善?と自分なりにできうることを全うしていれば、この青年がもたらしてくれた1輪のバラのように、そっと周囲にひかりを照らすことができるのかもしれません。
いや、そうありたいーそんなささやかな決意とともに迎える秋なのです。

2021年9月21日 

< 戻る次へ >

Miki

English Lab/ doers(ドアーズ) 主宰。完璧さよりも小さな一歩を応援するパーソナルイングリッシュコーチ。文章やコーチングレッスンをとおして、心を整えきらめく日々を提供できたらと探求する日々

https://lit.link/doers

このページのトップへ