五感でみつける 目で感じる
植物園のあるところ
ひとり暮らしもわりに板についたころ、さて次はどちらへーと引っ越しに思いをめぐらせたとき、公園と図書館、そして植物園が近いこと。というのがある時期、自分の中での生活環境基準になっていた。
植物園が徒歩あるいは自転車移動圏内にあるというのは、わたしにとってちいさなオアシスがそばにあるのと同意義だ。
そういうわけで、20代のころは神代植物公園、30代のはじめは小石川植物園の近くに住まいを定め、毎週末といかなくとも、ふいに思い立ってよし!今日は植物園。と意気揚々と朝早くから散策したやわらかい記憶が、ときにみどりの光線とともに引き出される。
そんな気分は旅先でもいかんなく発揮され、いろんな国の植物園をめぐりにめぐった。
世界最古の植物園といわれているロンドンのキューガーデン、コペンハーゲン大学の研究施設でありながら市民に愛されている通称コペンハーゲン植物園、南スウェーデンのちいさな港町、ヘルシンボリのSOFIERO城の中にある王女さまが造られた植物園、南半球ではオーストラリア クイーンズランド州のブリズベンやケアンズの植物園・・・。植物博士でもないのに、海の向こうに旅立つと立ち寄らずにいられないのが庭園や植物園のあるところ。
植物園にゆかずとも山々や海をめぐれば自然はそこかしこに広がっているのだけれど、都市の延長線上にありながら、自然というある種カオスの中、一定の秩序でこまやかに人の手が関わっている感じ、植物たちが気持ちよさそうに大切に大切にはぐくまれている感じ・・・そんな空気感ぜんぶがいい。
そうした植物園の全て、五感を通じてからだごと受け止められるひとときは、異国でのあらがえないよろこびであり、わたし流の旅の記憶の蓄え方になってしまった。
はじめて目にする植物たちの長い長い学術名。嗅いだことのない匂いや葉っぱを包む光のうつろい具合。飛び交うミツバチや鳥たち。画用紙の上で熱心に写生をしている子どもたち―受け取った光景の細部まで今でも鮮やかにその土地の記憶の中に溶け込んで想い出の深い深いところに定着している。
とはいえ、一番親しみある植物園はふるさとの市民公園の中にあるちいさな植物園。コンパクトなわりに世界の植物が旅を楽しむように展示され、散策後は風のとおる中庭で飲みものを手にただ植物たちとともにいる、という何でもない時間がいとおしい。理屈抜きのすがすがしさ。日常の瑣事から解き放たれ、ぽっかり無が降りてくる瞬間。
水温(ぬる)んでくる今日この頃、芽生えのよろこびを植物園で味わう季節がやって来た。さあ、自分だけの春を探しにゆこう。
2018年3月2日 ●
Miki
English Lab/ doers(ドアーズ) 主宰。完璧さよりも小さな一歩を応援するパーソナルイングリッシュコーチ。文章やコーチングレッスンをとおして、心を整えきらめく日々を提供できたらと探求する日々
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