こころに潜る、こころで読む


 

8月の満月になりました。

今回は初めての絵本のご紹介です。
絵本といっても大人向けの寓話的物語で、とても示唆めいた深く感じ入るような絵本です。

『迷子の魂』(オルガ・トカルチュク文/ヨアンナ・コンセホ絵/小椋彩訳・岩波書店刊・税込2750円)。

ポーランドの作家、イラストレーターによる作品で、オルガ・トカルチュクはポーランド生まれ、ワルシャワ大学で心理学を専攻し、セラピストを経て作家に。ブッカー賞やノーベル文学賞を受賞したポーランドを代表する作家です。ヨアンナ・コンセホも同じくポーランド生まれ、児童書等のイラストレーターとして活躍し、本書でボローニャ・ラガッツィ賞優秀賞を受賞しています。

本書は、「じぶんさがしの物語」、「現代社会のあわただしさ」をテーマとし、ある一人の主人公が出張旅行中に突然、「魂」=本当の自分をなくしてしまい、医者の助言で小さなコテージでなにもせずに、ただ魂の帰りを待ち続ける―、というあらすじです。

「わたしにとって、ずっと前から、世界は何もかもが過剰だった。多すぎるし、速すぎるし、うるさすぎる」(「窓」『世界』2020年7月号)。
―本書付属の訳者解説より引用

と作者のオルガ・トカルチュクがインタビューで答えていたように、効率や便利という基準で時間を使い、色々なことを実現可能にした今の私たちのライフスタイルは、一見満ち足りて豊かになったように見えるけれど、大事なものを置いてけぼりにしていませんか、と投げかけています。
大事なもの、とは、自分の魂、本来の自分、のこと。
そしてそれはどこか遠くにあるのではなくて、自分の中にある、というメッセージ。
だから、主人公は「ただ待ち続ける」のです。

短いテキストながらも心理学を学んだ作者らしい内面の変化の描き方と、どこかアルバム写真を思わせるようなノスタルジックな風景と人物、それからページをめくるごとにぐっと引き込まれ、読者個人の記憶とつながるような絵。
そして最後に魂や有機的な世界とのつながりを取り戻していくまでの展開が、ひとつの世界観となり、深く、重みのある読後感を与えてくれます。

絵本に親しみがない方でも、一度手にとってご覧いただきたい本です。
文章もイラストも本当に素晴らしい。
写真よりも動画のほうが本の世界観が伝わるかなと思い、今回は中身を一部映した動画を作りました。
よかったら観てみてください。

岩井友美/west mountain books

「私やあなたが本来の自分に戻るための知恵やヒント、きっかけ」となるような、からだやこころ、自然にまつわる本をセレクトしています。2020年まで7年間下北沢・本屋B&Bの書店スタッフとして勤務し、くらし・からだ・旅・食・日本文化にまつわる棚やイベント企画を担当。並行して2020年より個人の屋号としてwest mountain booksをスタートし、現在は長野県上田市を拠点にオンラインショップ、イベント出店をメインに活動しています。2021年初冬に「面影 book&craft」という実店舗をオープン予定。情報はインスタグラムをメインに発信中。

Instagram @westmountainbooks
オンラインショップ https://westmountainbooks.stores.jp/


2021年8月22日 

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