こころに潜る、こころで読む

6月の満月になりました。
早いもので今年も折り返しだなんて思うと、急に焦りだしてしまうから不思議なものです。

今回は、梅雨ということで雨がしとしとと降る日に合うような、気持ちが静まる詩集をご紹介させていただきたいと思います。

『深呼吸の必要』(長田弘著・晶文社刊・税込2,200円)。

「言葉を深呼吸する。あるいは、言葉で深呼吸する。そうした深呼吸の必要をおぼえたときに、立ちどまって、黙って、必要なだけの言葉を書きとめた。そうした深呼吸のための言葉が、この本の言葉の一つ一つになった。」
(―後記より引用)

「あのときかもしれない」、「おおきな木」の2章の散文詩33篇からなる本書。
「あのときかもしれない」は、一人の子どもから、一人のおとなへと変わりゆく普遍的な瞬間や情景を描いた9篇の散文詩。
「おおきな木」は、「公園」、「三毛猫」、「柘榴」、「星屑」…といった日常の中に転がる対象物が題材となり、ひとりひとりの思い出や記憶が呼び起こされるような24篇の散文詩となっています。

雨が降る日に外の雨音を聴きながら、もしくはピアノミュージックを聴きながら、しっとり静かに、言葉で深呼吸をするように読みたい。
もしくは、声に出して読んでみて、ひとり朗読会をひらいてもいいかもしれません。
心に言葉を響かせながら、言葉から連想され浮かんできた景色を眺めてみる。
目の前にある現実は少しの間だけ脇に置いておいて、短い言葉の連なりだからこそ広がる想像の世界へ潜り込む。

句読点のようにひと呼吸、深呼吸。
なかなか忘れがちですが、意識的に呼吸を整え、気持ちをニュートラルに戻す時間を日々の中で保つことが、大事だなと思います。
そうして心が落ち着いてくると、目の前にあるものへのまなざしが変わり、小さなささいなことに改めて喜びや豊かさをちゃんと感じられるようになる気がするのです。

「たとえば、店先の何でもない花ばなをみて、花ばなのとどめるあざやかな日の色に気づいて、目をあげると、街の風景の色が微妙に変わってみえることがある。」
(―「花の店」72Pより引用)

本の中の言葉だけでなくとも、誰かと会話をしているとき、ふと美しい景色に出会ったとき、ぱちんとスイッチが押されたように、なにかが切り替わっていた瞬間。
受け取る私たち自身の心と体の状態に左右されるところもあるとは思いますが、新たな気持ち、前向きな気持ちで一歩を踏み出すようなきっかけは、日常のあらゆる場面の中にひそんでいるのだな、と気づかされる愛おしい言葉が詰まった一冊です。

『深呼吸の必要』は、晶文社から刊行されているハードカバー本がしばらく絶版だったのですが、今年に復刊し、また注文ができるようになり個人的にも嬉しく思っています。
カバーを外すと懐かしい温かみのある深い赤の布張りの本体に、文字は緑のインク。平野甲賀さんによるブックデザインもとても素敵です。

自分への贈り物に、一冊いかがでしょうか。

西山友美/west mountain books・本屋B&Bスタッフ

 2014年からB&Bに勤め始め、書店業務を中心に、食・くらし・旅・日本文化にまつわるイベントも(たまに)企画。2019年の秋頃からゆるゆると個人の屋号で「west mountain books」を始めました。自分が感じていた生きづらさを本で救われてきた部分が多いので、そんななかで知った本や知恵をシェアできて、共感しあえるような場所を作るべく思案中です。instagram→@westmountainbooks


2021年6月25日 

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