こころに潜る、こころで読む

早いもので、6月の満月となりました。
4月、5月と私は仕事をお休みし、自宅で過ごす日々だったのですが、これがなんと不調が次から次へと姿を現し、PMSやら重度の首肩のコリからくる体のしびれ等々に悶絶しておりました…。
(生活がガラッと変わったものだから、不調が出ないほうがおかしいよね〜、と最後のほうは開き直りの境地でしたが…)

というわけで(どんなわけで)、今回は「痛み」を抱える男性が主人公の小説『椿宿の辺りに』(梨木香歩著・朝日新聞出版刊 1650円)をご紹介します。
「心の痛み」ではなく、「体の痛み」です。

主人公は三十代の男性、名前は佐田山幸彦。通称山彦。

ただでさえ今の私は腰痛持ち頭痛持ち四十肩に鬱病と、ごく控えめに行って、自分の体の維持だけにすべてのエネルギーを費やしていると言ってもいいのである。〜(中略)〜」(15P)

と、山彦は字面を見ただけでも泣けてくるような持病の数々を抱えています。

痛みというアラームが体に鳴り響くと、自分という大地を構成する地層の奥深くにある何かが、今にも大きく揺らいで、大げさに言うと、存在の基盤、のようなものが崩れ落ちそうになる。」(10P)

という痛みの表現は、まさに言い得て妙です。
人は痛みによってこんなにも翻弄されるのか、と自分自身が痛感していたものだったので、この一文を読んだときには、「そうなんです、梨木さん!」と心の中で叫んだものでした。

あらすじの説明に戻りますが、山彦に襲われる理不尽な痛みの背景には、佐田家と実家の土地(=椿宿)の歴史や古事記に出てくる海幸山幸の神話が絡んでいるとわかります。また、亡くなった祖父が危篤状態の祖母の体を使って山彦へメッセージを放ったり、鍼灸師の仮縫氏やその妹で霊感のある亀子(カメシ)という登場人物が出てきたり、いかにも梨木さんの小説らしい設定です。

梨木香歩さんの小説の特徴に、人間と、動物・植物・自然・神様・死者が並列で扱われているところがあります。
世界を人間の半径で捉えず、自然の中の小さなものに耳をすまし、時空を超え、目に見えないものを尊み祈りを捧げる。
どの小説の背景にも豊暁な世界が広がり、私は読むと、自分の中に眠っている大事なものが呼び覚まされる気持ちになります。
自然や民俗学などがお好きな方にはとてもおすすめな作家さんです。

この『椿宿の辺りに』では、「痛み」を起点に、山彦が先祖の記憶や土地の歴史を辿りながら、自分自身の根源へとつながっていく過程が描かれています。
絡まっていた糸が解けるとき、痛みも自然と治まり、山彦の心境にも変化が生まれて「痛み」に対して大きな気づきが得られるのですが、私はその最後の数ページが読んでいてとても清々しい気持ちになりました。

その最後の数ページの中で鍼灸師の仮縫氏が発したすばらしい言葉を少しだけ引用。

痛みは単に、その箇所だけの痛みにあらず。全体と切り離しては個は存在しえないのです。いやまったく、人間の体というのは、自ら、治ろう治ろうと進んでいくものですな、〜(中略)〜」(298P)

私がここ最近苦しんでいた不調による痛みの苦しみも、本書を読んで視点の転換が起こったというか、まずは受け入れてみようと励まされました。
私はそんな自分の状況と照らし合わせて読んでいましたが、梨木さんの世界観を味わうだけでもとても心豊かな時間になると思います。
引き込まれるように読めますので、ぜひお手にとってみてください。


※お知らせ※
私が最近始めた本のオンラインショップでも『椿宿の辺りに』含め、梨木香歩さんの本を何点かお求めいただくことができます。
また、これまでこちらのページで紹介した本もございますので、よろしければのぞいてみてください。
https://westmountainbooks.stores.jp/

西山友美/west mountain books・本屋B&Bスタッフ

 2014年からB&Bに勤め始め、書店業務を中心に、食・くらし・旅・日本文化にまつわるイベントも(たまに)企画。2019年の秋頃からゆるゆると個人の屋号で「west mountain books」を始めました。自分が感じていた生きづらさを本で救われてきた部分が多いので、そんななかで知った本や知恵をシェアできて、共感しあえるような場所を作るべく思案中です。instagram→@westmountainbooks


2020年6月6日 

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